2026年2月2日

競争力の源泉:製造業の課題をSAPが変える

By 永塚 岳大

製造業の競争力を左右する経営課題の解決において、SAP ERPの果たす役割がますます重要になっています。AIがもたらす革新やグローバルサプライチェーンの地政学的変化、SNSを通じた需要の劇的な変動が増す現代において、業務の最適化と変化への対応のスピード向上は避けて通れません。

また、経産省「DXレポート」にあるようにレガシーからの脱却が進まない場合、

「既存システムのブラックボックス状態を解消しつつ、データ活用ができない場合、
1)データを活用しきれず、DXを実現できないため、市場の変化に対応して、ビジネスモデルを柔軟・迅速に変更することができずデジタル競争の敗者に
2)システムの維持管理費が高額化し、IT予算の9割以上に(技術的負債)
3)保守運用の担い手不在で、サイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルやデータ滅失等のリスクの高まり」

が発生します。

本稿では、製造業が直面する構造的な課題を俯瞰し、世界標準のERPであるSAPがどのようにその解決に貢献するのかを解説します。そして、一例として企業の安定収益や顧客満足度に直結する補給部品(アフターパーツ、補修部品)業務に焦点を当て、その具体的な効果を探ります。


課題に直面する日本の製造業とグローバルな視点

多くの製造業が抱える根深い課題は、部門ごとの個別最適化が生む情報のサイロ化です。生産計画、在庫管理、販売、物流といった部門ごとに分析、施策展開等が独立して進められることで、経営者視点でのリソース配分や意思決定が困難になります。

企業は常に「顧客満足(CS)」と「利益(Profit)」を両方高めていくことを求められています。この二つは、短期的にはトレードオフの関係ですが、長期的には「利益をともなう顧客満足」を実現する必要があります。そのためには、どこに投資すべきか、コストを抑えつつどうCSを向上させるか、を理解する必要があります。

現場は、「欠品を防ぎ、顧客対応の不満を減らしたい」という要求と、「在庫を減らして資本回転率を高めて欲しい」という二つの矛盾する要求に直面しています。この矛盾を解決するためには、部門や拠点の壁を超えたリソース配分のための情報提供ができる全体最適な仕組みが不可欠です。

欧米企業との利益率の差

ここで注目すべきは、海外の製造業(ドイツ等10%以上)と比べた日本の製造業の利益率(4-6%)の低さです。この要因の一つに、ERPを活用した全社的な業務統合の進展度合いの差が挙げられます。欧米企業はROEや利益率を重視した経営で、不採算事業からの早期撤退なども行っていますが、この判断には全社の統合的ERPが欠かせません。日本企業がこの差を埋めるには、ERPを核としたデジタル化による業務変革が必要です。

さらに、日本の製造業がこれから成長を遂げるためには、日本企業の特長である長期的取引、雇用の安定、低コストで高品質な製品を製造する能力などを、今後も選択しながら活かしていく必要があります。グループ会社全体での最適調整を実現できるかどうかが競争力を左右します。


SAP ERPが実現する「全体最適」と現場の変革

こうした複雑な構造的課題に対し、SAP ERPは有効な解決策を提供します。SAPが中核となるのは、グループ企業内のあらゆる情報を一元的に統合し、リアルタイムで可視化することです。

1.リアルタイムの在庫・資産管理と需要予測の高度化

購買、在庫、販売、物流といったサプライチェーン全体の状況をリアルタイムで把握できるため、余剰と不足の両方を最小限に抑えられます。特に日本企業はサプライチェーンが長い傾向にあります。多くのUS企業では、部材調達を北米(US、メキシコ、カナダ)や中国・アジアに集約し、生産は主に北米で行い、US国内向けおよびグローバル市場向けに製品を供給しています。一方、日本企業は、原材料の調達や加工、製品や部品の生産、販売を国内外に分散して行っており、その結果、サプライチェーンが複雑かつ長くなりやすい構造となっています。

このビジネスモデルでは輸出販売数だけではなく、現地の過去受注数、季節傾向、上昇下降トレンド、販売台数当たりの需要数といった多岐にわたるデータを使用した精度の高い需要予測を調達拠点で実施することが必要になります。それをSAPで実現できれば、無駄を作らずに顧客満足度を上げることができる適正在庫を実現できます。

2.サプライチェーン全体の可視化による現場変革

グローバルサプライチェーン全体の可視化は、現場に劇的な変化をもたらします。購買、在庫、販売、物流の情報を一元的に処理できるため、例えばある拠点で欠品が生じた際に、別の拠点で即座に在庫を引き当てる事が可能になります。これにより、従来は数日かかっていた調整が即日で完了するようになり、顧客に必要な製品・部品をタイムリーに提供することが可能になり、顧客対応のスピードが格段に向上します。結果として、在庫効率と顧客満足度を同時に高めることができるようになります。

3.グローバル経営基盤の整備

SAPは世界各国の企業に導入することを前提に設計されているので、多言語・多通貨への対応各国会計基準への準拠、SOX法・IFRS・各国/州税制への対応といった面で優位性があります。つまり、SAPをグローバルで活用することはグローバル経営基盤を整備することに直結し、海外でのシステム刷新や現地事業のシステムメンテの負荷を減らす効果が期待できるのです。


事例:補給部品(アフターパーツ・補修部品)業務における革新

製造業の中でも、特に補給部品(アフターパーツ)の管理は、顧客満足度と企業の収益性に直結する重要業務です。自動車をはじめ製品の修理部品が届かなければ、顧客の企業や製品への満足度が低下し、競合への流出を招きかねません。

自動車部品メーカーの成功事例

実際にSAPを導入したある自動車部品メーカーの事例を見てみましょう。この企業は、数万点に及ぶ補給部品を複数拠点で管理していましたが、在庫過多と欠品が同時に発生し、倉庫コスト増と顧客満足度の低下に悩まされていました。

SAP ERPの導入によって、在庫の可視化とシステム的な需要予測が実現しました。その結果、余剰在庫は約20%削減され、欠品率は半分にまで低下。さらに、全拠点の在庫情報がリアルタイムで共有されたことで、部品の横持ち調整(拠点間の融通)が即日で完了するようになり、時間内納期回答率が大幅に向上しました。

導入から一年後には、年間で数億円規模のコスト削減を達成しただけでなく、アフターサービス部門への顧客評価が改善し、売上増にもつながるという相乗効果が得られました。

この事例は、ERP導入が単なる業務効率化に留まらず、「在庫効率向上と顧客満足度の同時達成」を可能にする、利益率向上に直結する経営変革であることを示しています。


なぜSAPを選ぶのか?グローバル標準という強み

数あるERPの中でSAPを選ぶ理由は、そのグローバルスタンダードとしての地位にあります。

  • グローバルスタンダード:世界で最も広く使われているERPであり、グローバル企業とのサプライチェーン連携や相互運用性の面で優位に立てます。

    ここでいう「グローバルスタンダード」というのは、世界で行われている標準的な業務に合わせたソフトだということです。
    • 世界で最も使われているERPであり、フォーブス・グローバル2000にランクインする企業の約92%がSAPのクライアント(2019年時点。この数字は、SAPのどれかのモジュールが入っていればカウントされるので、ソフトのシェアとは異なる)
    • 商取引の77%が、何らかのSAPシステムを経由している
    • 190か国(参考:国連加盟国は約200)で44万社がSAPを導入しており、数多くの国でSAPへのサポートを取得可能
  • 豊富な実績:補給部品業務のような複雑な領域でも実績が豊富で、業種別のベストプラクティスがテンプレート化されており、短期間での導入に適している
  • 導入ハードルの低下:クラウド化の進展により、従来よりも導入コストと期間が圧縮され、中堅企業でも利用しやすくなってきている

日本の製造業が、グローバル市場で競争力を高め、海外との利益率の差を埋めるためには、SAPを核としたグループ全体でのデジタル化による業務変革が欠かせません。国や地域、グループ会社ごとに分断されがちなサプライチェーンを管理するシステムを、拠点・法人の壁を越えて一つの仕組みとして統合管理すること。これこそが、「在庫を増やすか減らすか」という二者択一から企業を解放し、需要変動や供給制約に柔軟に対応できる経営を実現する、最も確実な道と言えるでしょう。


導入コストとその回収

気になるのはコストとその回収です。SAP ERPの導入には、ライセンス料、カスタマイズ費用、コンサルティング費用など数億円から数十億円規模の初期投資が必要となり、1年から3年程度のプロジェクトになるケースが多いのは事実です。また、ライセンス料は継続的に発生します

しかし、その費用対効果(ROI)は明確に現れます。在庫削減や業務効率化、欠品による機会損失防止といった定量的な効果により、3〜5年程度で投資を回収する事例が多く報告されています。

特に製造業においては、平均で20〜30%の在庫削減や15〜25%の生産効率向上といった具体的な成果が期待されています。例えば、生産計画から出荷まで一連のプロセスが統合されることで、リードタイムが短縮され、突発的な故障による生産停止コスト(機会損失)を低減できます。補給部品業務のように在庫と顧客対応のインパクトが大きい領域では、費用対効果が明確に現れやすいのが特徴です。

一方定量化できないが、効果のある領域があります

  • 多言語・多通貨への対応各国会計基準への準拠、SOX法・IFRS・各国/州税制への対応、開発・支援拠点が多いことで、母国語が異なる従業員採用や海外オペレーションへの展開が容易になる
  • SAPを使うことで、IT開発リソースを他の重要な領域に振り向けることが可能になる
  • SAPを使う企業、商取引が多いことから、今後提携や協力が容易になる可能性が高くなる
  • SAPの堅牢で信頼できるデータベースを用いることで、分析、判断のスピードが向上する

初期投資を単なるコストと捉えるのではなく、「利益率向上とグローバル競争力を高めるための戦略的な投資」として捉えることが、導入成功の鍵となります。

もちろん、ERP導入はシステム選定だけで終わりません。業界知識や業務への理解度が高く、経営変革を共に推進する伴走者となり得るベンダーを選定することも大変重要です。

また、導入期間を短縮し投資対効果を最大化するためには、アドオンを最小限とすることでテスト量と期間を減らし、トレーニングやチェンジマネジメントに重点を置くことが重要であることも、成功企業群の共通点として指摘されています。


日本製造業の未来への提言

例に挙げた補給部品業務の課題は、決して「在庫を増やすか減らすか」という単純な問題ではありませんが、過去供給を改善するために在庫を増やす一方で、過剰在庫により倉庫が溢れれば在庫を減らすといった取り組みに陥りがちでした。在庫、需要、顧客対応(納期回答)、サプライチェーンを一元的に管理する仕組みを導入することで、最適なバランスを取ることが可能になり、次のステージに進むことができます。

日本の製造業がその良さを生かしながら、壁を乗り越えてグローバル市場で競争力を高め、海外との利益率の差を縮めるためにも、ERP、とりわけSAPを活用する意義は極めて大きいといえるでしょう。デジタル技術とSAPの機能を軸とした業務変革は、利益と顧客満足度を両立させ、AIなどがもたらす新しい環境での持続的な成長を実現する鍵となります。





著者


永塚 岳大(Takehiro Nagatsuka)
エンタープライズ・アプリケーション&SaaS(EAS)事業部 SAPプラクティスリードとして、DXC JapanのSAP事業全体の管理と戦略認定を担う。日系大手IT企業でERP、SCP、BIなどのシステム導入、ITガバナンスやプロジェクトマネジメントなどのコンサルティング活動に15年従事した後、外資系ソフトウェアベンダーのカントリーディレクターとして日本のビジネスを拡大するなど、豊富な経験を持つ。2025年4月から現職。
 




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