2025/1/15
by 平 清 (Kiyoshi Taira)
DXCテクノロジーでは、生成AI技術を活用し、さまざまな業界のお客様の課題解決や業務効率化の支援に取り組んでいます。本記事では、業務で生成AI技術を利用する際のポイントを踏まえながら、製薬業界に焦点を当てた具体的なユースケースをご紹介します。LLMとRAGの組み合わせを基盤とした製薬R&D業務におけるPMDA照会事項への回答支援や、安全性データベースを活用したPV(医薬品安全性管理)業務支援など、DXCテクノロジーは豊富な経験を基に描いた具体的なユースケースを通して、生成AIに大きなメリットの可能性を見出しています。生成AIがどのように製薬業界の複雑なプロセスを効率化し、安全性を向上させるのか、そのアプローチをお伝えいたします。
LLMとRAGの融合で広がる製薬業界における生成AIの可能性
DXCテクノロジーのライフサイエンス部門では、製薬業界における約30年にわたる実績の中で、製薬R&D(Research and Development:研究開発)領域でのパッケージソフトウェアを中心に各種業務支援やコンサルティングサービスなどを提供してきました。こうした経験を生かし、昨今では生成AIを活用したビジネスアプローチに注力しています。
生成AIは、製薬企業がこれまでに蓄積してきた膨大なナレッジやノウハウを効率的に引き出し、業務の効率化を加速させる可能性を秘めています。DXCテクノロジーでは、この生成AIの特性を最大限に活用することで、組織全体の価値向上を目指した支援やサービスを提供しています。
生成AIを支える重要な技術のひとつであるLLM(大規模言語モデル)は、過去に公開された膨大な情報を学習することで豊富な知識を蓄積し、生成AIの優れた対話能力や読解能力を実現します。しかし一方で、その学習範囲に含まれない情報、例えば最新のデータや公開されていない内部情報については知ることができません。これがLLM単体の制約といえます。
そこで注目されているのが、RAG(Retrieval-Augmented Generation)というアーキテクチャです。このRAGを用いて、LLMに外部の情報源を組み合わせることで、先述したLLMの制約を補完できます。具体的には、LLMが質問に答える際に、(LLMにとっての)外部リソースをリアルタイムで読み取り、その情報を基にアウトプットを生成する仕組みです。この技術により、最新情報や専門性の高い内容、さらには社内の機密情報も活用できるようになります。
特に製薬業界のように、高度な専門知識や正確性、そして機密性が求められる分野においては、RAGの活用が大きなメリットをもたらします。LLMの持つ汎用的な知識と、RAGならではのカスタマイズ性を組み合わせることで、生成AIは製薬会社のナレッジ管理や業務効率化に大きく貢献できるでしょう。
ビジネスに生成AIを活用する際の3つの注意点
業務効率化などに寄与する生成AIですが、ビジネスに導入する際には、いくつかのリスクに備えた対策が必要です。特に重要なのは、「社内情報漏えいを防ぐためのセキュリティ対策」、「機密情報を扱うためのアクセス権制御」、そして「データバリデーションの確保」の3点です。以下、それぞれについて詳しく解説します。
まず、セキュリティの観点から、生成AIで社内の機密情報を取り扱う際には、情報漏えいリスクへの対策が不可欠です。外部サービスのLLMを利用する場合、インターネットを介することで、予期せぬ情報漏えいが発生する可能性があります。そのため、閉域構成を採用し、インターネットに接続されない環境で生成AIを運用することが推奨されます。
次に、アクセス権制御の重要性です。特定の部署の従業員のみがアクセスを許されている部外秘のデータなど、同じ社内であっても情報の種類によって取り扱いには差があります。そこで、データの機密性や業務範囲などに応じて適切なアクセス権を設定し、許可されたユーザーのみが生成AIを通じて利用できる仕組みを構築することが必要です。
最後に、データバリデーションについてです。生成AIは強力なツールである一方で、出力結果に誤りや曖昧さが含まれる可能性があります。特に、製薬業界のように専門性が高く、正確性が求められる分野では、生成AIが出力した結果の妥当性を確認するプロセスが不可欠です。そのため、生成AIのアウトプットに対する最終的な判断は必ず人間が行い、信頼性を確保する必要があります。
これら3つの対策を講じることで、生成AIをビジネスの中でより安全かつ効果的に活用することが可能になると考えます。
製薬R&D業務での応用例1:PMDA照会事項回答業務の効率化
ここからは、生成AIを活用した製薬R&D業務での応用例を紹介していきます。
製薬業界では、新薬申請時に提出された資料に基づき、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)から追加の情報や説明を求められることがあります。この「照会事項回答業務」には、多くの時間と手間を要することから、申請者にとって大きな負担となっています。
この業務に生成AIを活用することで、回答作成プロセスを大幅に効率化することが可能です。例えば、照会事項を受け取ると、AIがPDF資料を分析して照会内容を細かく分解し、その後、過去の対応事例や申請資料をAIが検索して、回答のベースとなる情報を素早く提供します。このプロセスにより、担当者は資料を一つひとつ調査する手間を省くことができます。さらに、生成AIは作成された回答を所定のテンプレートに自動的に流し込むことで、回答書を規定の形式で製本し、照会回答の送付作業を効率化することができます。
この照会事項の受付から回答作成・送付までの一連の流れをAIが支援することで、従来の手作業によるミスと手間を減らし、業務のスピードと正確性を同時に向上させることが可能になります。
製薬R&D業務での応用例2:安全性データベースを活用したPV業務支援
製薬業界におけるPV(Pharmacovigilance:医薬品安全性管理)業務は、専門知識と経験が求められるため、そのノウハウの継承が難しいだけでなく、新たにその業務担当者を育成するのに時間がかかるという課題があります。このような課題を解決するのが、生成AIによる安全性データベースを活用した業務支援です。
安全性データベースには、これまで処理してきた個別症例の対応データが詳細に蓄積されています。このデータをナレッジベースとして生成AIが活用することで、過去の症例情報やその対処ノウハウを迅速に引き出し、業務の効率化を図ることができます。仕組みとしては、国際的に定められたE2b(R3)項目を含む最新の症例情報が格納された安全性データベースを、RAGの技術を用いて生成AIの外部リソースとして利用することで、正確性と安全性を確保します。
この生成AIによるPV業務支援プロダクト「PVバーチャルアシスタント」では、症例における患者背景や治療歴などをまとめるナラティブライティング、類似症例の調査、さらには医療機関からの問い合わせ対応といったケースで大きな効果が期待できます。ユーザーが簡単に使える設計でありながら、データの取り扱いにおいてセキュリティを重視しており、安心して利用できる点が特徴です。
生成AIによるPV業務支援は、業務の効率化だけでなく、ノウハウの継承にも役立つソリューションとして、製薬R&D業務の進化に大きく寄与する可能性を秘めています。
生成AIによるプロアクティブな業務支援の未来へ
今後、生成AIは単に質問に答えるだけでなく、より自律的かつプロアクティブに業務を支援する“エージェント”として進化すると期待されています。例えば、安全性データベースにおいて、AIが現在の情報を分析し、潜在的な危険因子を特定した上で、取るべき対応や関係者への通知といった次のアクションを提案できるようになると考えられます。
さらに、既存システムとの連携を強化することで、生成AIが提供するインサイトを他のシステムにインプットしたり、他システムから情報を受け取るなど、統合的な活用が可能になります。これにより、特定の部門に留まらず、企業全体で連携した生成AIの活用が進むことが期待されます。
統合ソリューションの構築において豊富な実績を持つDXCテクノロジーは、生成AIのような新しいテクノロジーを企業全体で活用するための提案に積極的に取り組んでいます。さらに、共通するプロセスが多いという製薬業界の特性を踏まえ、業界標準に準じたソリューションを提供することで、製薬業界内での横展開が可能な生成AI活用ソリューションの提供を目指しています。
DXCテクノロジーは、セキュリティを重視したソリューションを通じて、お客様の業務効率化を支援し、さらなるビジネス価値の創出に貢献してまいります。ご興味のある方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。