世界的なコロナ禍は、クラウドへの移行に消極的だった多くの企業を後押しする結果となっています。この傾向は、今後も加速するでしょう。この数年間、企業はリモートワーク環境の管理や、複数の事業部門にわたるQRコードの導入(決済システム、在庫管理、マーケティングプロモーションなど)といった取り組みを通して、事業運営において迅速な行動がいかに重要であるかを目の当たりにしてきました。
どのような新しいテクノロジーでもそうであるように、クラウドも利用可能な選択肢が増え、企業のアプローチ方法も変化しながら成熟してきました。企業は現在、一社のクラウドプロバイダーにすべてを任せるのではなく、複数のプロバイダーのクラウドを活用した基盤を確立する「マルチクラウド」を選択し始めています。
移行の目的:簡素化とモダナイゼーション
マルチクラウドに移行する理由はいくつかありますが、本質的には簡素化とモダナイゼーションという2つの流れに分けられます。複数のクラウドベンダーのサービスや機能を活用して簡素化とモダナイゼーションを図ることで、企業は単一のクラウドハイパースケーラーに縛られることなく、顧客や従業員とのつながりをより独創的なものにできます。
B2B企業では、自社が選択したクラウド環境を通してパートナーと連携することにより、サプライチェーンを最適化できます。金融サービス業界では、法規制も重要な推進要因です。たとえば、オーストラリア健全性規制庁は現在、予期せぬ事業継続リスクに備えて、複数のクラウドプロバイダーを利用することを銀行に義務付けています。
簡素化
簡素化について言えば、テクノロジーの民主化に向けた活発な流れが見られます。クラウドにより、ツールはIT部門だけが開発するのではなく、企業のどの部門でも開発できるようになってきました。たとえば、ローコードツールやノーコードツールは非常に成熟しており、ビジネス部門がアイデアを取り入れてプロトタイプを作成し、ほぼ完全にセルフサービス方式で運用を開始することも可能です。
つまり、このような機能が企業全体に行き渡ることで、多くの新しいテクノロジーが迅速に導入され、企業全体で利用できるようになります。テクノロジーの柔軟性が今までになく重要になっているため、CIOは長期的で資本集約的な投資を行う必要はなくなったのです。
モダナイゼーション
一方、モダナイゼーションの焦点は、クラウドやマルチクラウドから、パーベイシブクラウド(クラウド対非クラウドではなく、「クラウドはどこにでもある」という状態)へと変化しつつあります。
初期のクラウドは、サービスプロバイダーのサーバー上のパブリッククラウドが主流でした。今では、クラウドの価値は、企業がどのようにテクノロジー全体にそれを調和させるかというフルスタックアプローチに移行しています。
クラウドテクノロジーはエッジに進出しつつあり、電話交換機にまでクラウドインフラストラクチャが導入されることで、クラウドはエンドカスタマーにも身近なものになってきています。オンプレミスに導入されるクラウドもあります。「パブリッククラウド」の定義は拡大され、「クラウドテクノロジー」が幅広く含まれるようになりました。これらのテクノロジーは、どこにでも存在するようになるでしょう。
CIOの新たな役割
この2つの流れ(簡素化とモダナイゼーション)は、CIOの今後の役割に直接影響を与えます。これまで、CIOは主にインフラストラクチャと「常時稼働」に重点を置いてきました。しかし今では、これらのコンポーネントが中心的な基盤として機能するようになっているため、CIOの焦点はイノベーションに移りつつあります。
テクノロジーはこれまで実現のための手段と見なされていましたが、今やテクノロジーはビジネスの主要な推進力となっています。CIOは、これまで以上にアプリケーションスタックと開発者向けツールを重視する必要があります。アプリケーションを含むフルスタックを早期に効率良く構築できれば、CIOと組織にとって長期的に良い結果が生まれるためです。
「すべての企業はテクノロジー企業にならなければならない」とよく言われてきました。この言葉は一般的に、カスタマーエクスペリエンスの向上を目指すものでした。現在では、クラウドでのサプライチェーンの最適化を通じて、B2B側の企業にもテクノロジーによるチャンスが生まれています。クラウドテクノロジーとデータをより自由かつセキュアに共有できる機能によって、企業は提携してベストプラクティスを共有し、本当の効率化が促進されるでしょう。
効率性の向上を目指す企業、特に小売業界にとっては、サプライチェーンの最適化は極めて重要です。最適化の例としては、大手チェーンやデパートがオンラインショップでの注文に対して自社の店舗から出荷を行い始め、効率性を高めたケースが挙げられます。クラウド環境が1つあればこうした業務に確かに役立ちますが、戦略的優位性を本当に確立できるのはマルチクラウドです。世界的にマルチクラウドを活用した成功例が多くあり、自組織内にもその機能が必要です。
サプライチェーンの最適化に加えて、幅広いビジネスをas-a-serviceモデルに移行することで、企業が新たな収益源を見つけ出している例も見られます。SaaS(Software-as-a-Service)は長い間存在してきましたが、現在ではソフトウェア業界以外でも新たなクラウドベースのチャンスが生まれていることを多くの企業が認識しつつあります。
障壁と成功要因
3つの主な障壁
マルチクラウドやその他のテクノロジーを活用するには、CIOは次の3つの主な障壁を克服する必要があります。
- 分析まひ:テクノロジーは急速に変化しており、それを受け入れる以外に選択肢はありません。完璧な決定を求めて慎重になり過ぎたため行動に移せなくなり、成長や効率化の機会を逃してしまった組織も数多く存在します。テクノロジーは短い期間で何度も変化する可能性が高いため、機会を活用するには、CIOはアジャイルな考え方を身に付ける必要があります
- 変更コスト:企業は、変更コストを削減する革新的な手段を見つける必要があります。多くのCIOは、時代の波に取り残された資産、ライセンス、テクノロジーといった多くの足かせを抱えており、それらが根本的な問題になっているためです
- 組織の能力:熱意を持って取り組み始めたクラウド移行でも、困難に突き当たるとペースが落ちてしまうケースが非常に多くみられます。CIOは、移行に取り組む過程で避けられない障壁に備えるとともに、プロジェクトを停滞させずに課題に対処する戦略を策定する必要があります
3つの重要な成功要因
ビジネス部門をリードしてマルチクラウドへの移行を成功に導くには、CIOは次の3つの重要な成功要因も考慮する必要があります。
- 明確な経済的メリットを定義する:堅実なビジネスケースから着手する企業が多いものの、移行に乗り出すと、さまざまな新しい機能に目を奪われ、当初の軌道から外れてしまうこともあります。コストが制御不能にならないように、強力なガバナンスフレームワークを用意する必要があります
- 困難に直面することを認識する:技術的負債(過去に品質よりもスピードを優先したことによる)が招いた結果に直面することになるため、そのときの対策を準備しておく必要があります。わざわざ一からやり直そうとせず、移行を成功させるためにすでに策定した計画に従ってください
- 前進しながら価値を実現する:クラウドは目的地ではなく過程であり、変革のストーリーの1つの要素にすぎません。繰り返し再評価を行い、成功を測定する必要があります
マルチクラウドと競争上の差別化
ビジネスにとっての「ニューノーマル」とは、つまり多様な場所にワークロードがあり、さまざまなクラウドを組み合わせて利用するということでしょう。マルチクラウドにより、企業は適切な環境を選択してベンダーロックインを回避しながら、セキュアなネットワークアーキテクチャと大きなビジネスメリットを実現できます。
マルチクラウドで企業を成功に導くには、CIOはワークロード要件を綿密に計画する必要があります。さらに、ビジネス環境の変化に応じて新しいテクノロジーや運用モデルを導入する柔軟性を持ちながら、戦略的目標の達成に貢献するパートナーを選択する必要もあります。
これらのすべての要素が、変革の成功と競争上の差別化の鍵となります。