2024/05/07
by Jens Lorenz、Dr. Ulrich Wurstbauer、Andreas Mütsch

※本稿はDXC Technologyのグループ企業であるLuxoftの記事を翻訳したものです。
出典:Generative AI for autonomous driving: Luxoft’s new tool uses AI in automotive testing

 

概要

  • Luxoftは、生成AIを活用した自動車業界向けソフトウェアアプリケーションを開発。これにより、自動運転システム(ADS)の仮想検証に必要なシナリオ(=自動車をとりまく状況の詳細な説明)作成に際して、自然言語での記述を専門家でなくてもシミュレーターが実行できるプログラム言語に変換可能に。分野固有の専門知識がなくても迅速にシナリオを作成できることは、自動運転車ソリューションへの第一歩であり、時間と労力の節約になり、シナリオベースのテストでのメリットがある
  • 仮想テストドライブのスケーラビリティを実現できるのは仮想検証だけであり、シミュレーションを利用した仮想検証は、自動運転システム(ADS)の型式指定を取得する上で極めて重要。仮想検証の鍵となる要素は、標準化された運転シナリオを、人間と機械の両方が読み取れる形式で記述できる機能である
  • ASAM OpenXで作成されたような標準化されたシナリオ記述は、さまざまなシミュレーションエンジンで利用できるが、このような標準化されたシナリオ記述には専門知識が必要。シナリオ記述には、シナリオを完全に再構築するために、道路や車両の種類から路面標示など、多様なコンテンツと正確な技術的詳細の両方を含む必要がある。このようなシナリオを生成できる人間の専門家は非常に少なく、人材不足になっている

 

車を運転中に危うく事故に遭いそうになった経験はありますか。そのときの道路の状況がどうだったか詳しく説明できるでしょうか。詳しく説明できたとして、同じ交通状況を、車載グレードの機械可読形式で記述できるでしょうか。それはまったく別の話です。この記述こそ自動運転システム(ADS)の仮想検証に必要ですが、そのような記述の作成には分野固有の深い専門知識が必要なのです。しかし今では、生成AIを適切なソフトウェアアプリケーションとともに利用すると、自然言語の記述からシミュレーション実行可能なシナリオを構築できるようになりました。Luxoftの新しいソフトウェアアプリケーションは、生成AIを利用して、交通事故についての記述を、仮想検証で利用できるシナリオに変換します。

 

交通状況の記述が必要な理由

ADSの型式指定を取得するために、自動車メーカーは、さまざまな道路環境(ADSの運行設計領域(ODD)の仕様から推定される特定の定義済み条件を含む)でシステムを効果的に機能させなければなりません。これには、テスト、検証、実証に多大な労力が必要であり、しばしば自動運転の「10億マイルチャレンジ」と呼ばれています。

この距離は、すべて実世界でテストできるわけではありません。労力やコスト、時間、環境といった理由により、おのずと限界が生まれます。そのため、信頼できるテストレベルを達成するには、スケーラブルな仮想検証アプローチが必要であるとともに、この仮想検証アプローチでは、さまざまな道路環境の詳細な記述が必要になります。

一貫性のある機械可読形式の交通シナリオの記述を作成するとなると、細部に厄介なことが潜んでいます。一見単純な交通状況であっても、非常に多くの個別の情報とパラメーターに依存しているため、簡潔な記述を作成することは非常に困難です。複雑な交通シナリオの記述を作成する場合は、なおさらです。

 

ある日高速道路で危険な目に遭ったあと、親友にその状況を説明するとします。多分、いつ、どこで、どのようにその状況が発生したのかを大まかに伝えるでしょう。さらに、そのときの交通状況や他の運転者の行動について、自分なりの見解も加えるでしょう。この会話の中には、車線数や、動きがない物体、動いている車両、気象条件など、明示的に言及されない詳細な事柄も自然と含まれます。しかし、これらの条件をすべて考慮に入れることができたとしても、その記述はシミュレーション実行可能な例とは程遠いものになるでしょう。このようなシナリオ記述を実際に作成するのは、繰り返しが多く、手のかかる作業なのです。また、自動運転車ソリューションを開発するには、自動車メーカーは数十万ものシナリオ(テキスト形式で記述)をテストし、ODD1のシナリオを十分に網羅するために極めて重要な組み合わせや不足部分を特定する必要があります。

それに加えて、曖昧さを避けるためにテストとデバッグを行うなど、シナリオの仕様策定には複数の分野のチームが協力して取り組む必要があります。これらの作業は、時間がかかるため、製品開発の遅れにつながる可能性が高いだけでなく、深い専門知識を必要とします。十分なスキルを持つ専門家を確保するのが難しいなかで、これらすべてを行わなければなりません。

シナリオ仕様策定のプロセスに対処し、チームや組織間での連携を可能にするために、業界では、ASAM e.V.の業界横断的な取り組みによって開発された、ASAM OpenDRIVE®ASAM OpenSCENARIO® DSLASAM OpenSCENARIO® XMLなどの標準が採用されています。また、スキルのある専門家の不足に対処するために、大規模言語モデル(LLM)と生成AIは今や、普遍的でスケーラブルな「労働力の拡張」として利用できるほど成熟しています2

 

生成AIのシナリオ

生成AIツールを利用することで、シナリオベースのテストを高速化できます。何百人もの人々に深い専門知識を教え、安全性とシミュレーションツールについてトレーニングを行う代わりに、一般的な記述から実行可能なシナリオを作成する生成AI自動車ソフトウェアアプリケーションを開発するだけです。これにより、専門家でなくても、抽象的なシナリオ(自然言語で記述)をシミュレーション用の実行可能なシナリオ(機械可読形式で記述)に変換できます。

シナリオ生成AIアプリケーションは、拡張可能、多言語対応で、柔軟に利用できる必要があります。そうすれば、単一の自動運転機能から開始して、検証やデジタル型式指定を含む完全な自動運転システムのテストまで、シナリオ作成のあらゆる段階で役立ちます。

問題点

このようなAIは、すぐに使えるソリューションとして存在しているわけではありません。このようなAIの開発とトレーニングには今でも、ある程度の労力と、必須の専門知識が求められます。ただし、この作業は1回だけですみます。いったんシステムがセットアップされ、トレーニングが行われると、システムは学習を続けながら、シナリオ記述を継続的に提供できるようになります。

 

自動運転車向けAI:scenᴀʀɪ.Lux
(Luxoftの生成AIシナリオジェネレーター)と話す

Luxoftは、最先端の大規模言語モデル(LLM)をベースとした、使いやすい生成AI搭載チャットボットアプリケーションであるscenᴀʀɪ.Luxを開発しました。scenᴀʀɪ.Luxは、生成AI、運転シナリオ記述テクノロジーおよび標準の各分野における、Luxoftの深い専門知識を活用しています。

ターゲットファイル形式の選択

Luxoftは、ASAMの積極的な活動メンバーであり、業界全体の連携を促進する方法として、標準とオープンソースの利用を支援し推奨しています。このため、ASAM OpenDRIVE®とASAM OpenSCENARIO®をターゲットファイル形式として選択しました。

生成AIを利用したチャットボットの作成

このチャットボットアプリケーションは、さまざまなLLMをサポートできるように設計、構築されています。これは、基盤モデルが異なると、完全なソリューションを実装するための手順が異なるためです。アプリケーション全体はさまざまなボットで構成されており、専用のエージェントアプリケーションがボットを駆使して、人間が読み取り可能なテキスト記述からOpenDRIVEまたはOpenSCENARIO XMLファイルに変換します。

基盤モデルとしてのLLMは、すでに膨大な量のデータを学習しており、数十億のパラメーターをチューニングしています。出力形式に関する追加の知識が基盤モデルに取り込まれると、データプールがさらに大きくなります。これは通常、レイテンシーにつながり、システムの動作が遅くなります。

回答の品質を向上させるために、scenᴀʀɪ.LuxはRetrieval-Augmented Generation(RAG:検索拡張生成)と生成スキルを利用して、ボットの応答時間と品質を最適化します。RAGは、プロセス内の信頼できる追加のナレッジベースとして、OpenX標準の定義を取り込みます。これにより、scenᴀʀɪ.Luxは短い応答時間かつコスト効率の高い方法で正確な応答を得ることができます。

すばらしい新世界

人間の言語を理解するようにトレーニングされ、XMLをサポートする公開基盤モデルを利用して、私たちは手動で作成されたシナリオ(もしくはお客様のシナリオ)でscenᴀʀɪ.Luxの基盤モデルをファインチューニングします。その結果、単なるツールではなく、知識豊富なアシスタントとなる自動車業界向け生成AIが生まれます。このような自動運転開発を支えるAIツールチェーンは、コストを削減し、分野専門知識の必要性を減らしながら、自動運転関連のシナリオの組み合わせを無限に生成できます。これらのシナリオは、自動運転アルゴリズムの仮想検証の出発点です。さらに、MicroVisionとの協業をベースとしたLuxoftの包括的な検証ツールチェーンでは、実世界のシナリオの抽象化が可能です。この2つのソースを組み合わせることで、シナリオが不足することはなくなるでしょう。これがどのようにお客様に役立つかについて、お気軽にお問い合わせください。日本においてはDXCテクノロジー・ジャパンがLuxoftによるサービス提供の窓口としてサポートいたします。


1 . この分野の一部は、公的資金による研究プロジェクト「just better DATA(英語)」でも検討されており、Luxoftはコンソーシアムメンバーとして積極的に活動しています。

2.  https://www.forbes.com/sites/forbescommunicationscouncil/2023/08/11/generative-ai-is-not-a-tool-its-an-employee/


著者について

著者について

Jens Lorenz
シニアソリューションアーキテクト

Luxoftの自動運転ソリューションアーキテクト。自動車業界で15年以上の経験があります。現在、シミュレーション用の抽象的なシナリオを作成するためのAIエージェントのパイプラインを開発するチームを率いています。当社のお客様企業の1社とともにstiEF言語の開発で重要な役割を果たし、このプロジェクトに貴重なインサイトをもたらす文献とホワイトペーパーを執筆しました。Luxoftに加わる前には、マルチメディアシステム開発の国際チームを率い、GENIVIコンソーシアムに貢献しました。

Dr. Ulrich Wurstbauer
自動運転担当技術責任者

Luxoftの自動運転担当技術責任者。自動運転車、自動運転機能開発、仮想検証の分野における戦略的開発を担当しています。現在はシミュレーション、デジタルツインテクノロジー、サイバーフィジカルシステムを主とした自動車テクノロジーに取り組んでいますが、それ以前は固体物理学で博士号を取得しました。博士研究員として、特異な量子物理学的挙動を示す、新しく開発された二次元物質であるグラフェンについて研究を続けました。4件の国内/国際特許出願に加えて、これまでに12本以上の研究論文を執筆しています。

Andreas Mütsch
テクニカルライター

Luxoftのテクニカルライター。ソリューションチームの一員として、技術的な記事や文書の正確性と信頼性に対する責任を負っています。技術プロジェクトにおけるライティングとコーディングの隔たりを埋めることを使命として取り組んでいます。また、応用物理学の学位を取得しています。プライベートでは本を執筆しており、自費出版での受賞歴もあります。